月刊絵本「こどものとも」を創刊し、多くの子どもたちに愛される絵本や童話の数々を送り出した編集者・松居直(まつい ただし)。この連載では、松居が2004年9月から2005年3月にかけて福音館書店の新入社員に向けて行った連続講義の内容を編集し、公開していきます。
さて、今日はバージニア・リー・バートン(*1)の『ちいさいおうち』について、お話ししようと思います。
なぜかと言いますと、私が物語絵本というもの、あるいは絵本というものに目を開かされたきっかけが『ちいさいおうち』だからです。

『ちいさいおうち』 バージニア・リー・バートン 文・絵 いしい ももこ 訳 / 岩波書店
しずかないなかに、ちいさいおうちがたっていました。やがて道路ができ、高いビルがたち、まわりがにぎやかな町になるにつれて、ちいさいおうちは、ひなぎくの花がさく丘をなつかしく思うのでした――。時の流れとともに移りゆく風景を、詩情ゆたかな文章と絵で描きだしています。
※現在刊行されているものは、2021年7月改訂版。原書に近い判型の大型版も刊行。いずれも横書き・左開きの体裁で、文章は完訳。
1954年に「岩波の子どもの本」として『ちいさいおうち』が翻訳出版されました。当時は文字が縦書きでしたから、開き方も原書とは反対の右開きで、本の大きさに合わせて文章は少しずつダイジェストしてありました。石井桃子さんが訳していらっしゃいますが、とてもうまいダイジェストです。
最初にこの絵本を読んだとき、私は「あ、これはアメリカ史だね」と思ったんです。絵本で、ちゃんと歴史が書けるんだ、社会史が書けるんだ、思想史が書けるんだ、ということに、驚いたのを覚えています。バートンという人は、いったいどういう人なんだろう? と興味をもちました。
そこで原書(『THE LITTLE HOUSE』)を取り寄せてみますと、当然ダイジェストされていませんから、もっと詳しくいろいろなことがわかりました。バートンは時代背景などを、じつによく調べています。しかも、そういった思想史や社会史が「歴史」ではなくて、「物語」として、子どもにちゃんとわかるようなテキストとイラストレーションで語られている。
芸術にはモチーフやテーマが必ずあります。絵画にしても文学にしても音楽にしても、「何を」がない芸術はありません。その「何を」をどう表現するか、じつはそこに芸術はあるわけです。だから、芸術は、技術でもあるんですね。
『ちいさいおうち』を読んで、「何を」をいかに選ぶか、選んだテーマやモチーフをいかに表現するかを考えないと絵本などできないと、私は気がつきました。
私は必死になってバートンの絵本のことを調べ始めました。バートンという人がどういうふうに絵本を作っているのか、どうしてこういうテーマを選んだのか──編集者として、これから新しい絵本を作ろうとするときに、どうしてもそれを知りたいと思いました。
バートンの他の絵本を取り寄せたところ、その中に『いたずらきかんしゃ ちゅう ちゅう』がありました。彼女の最初の作品ですが、この本からもちゃんと「時代」が感じられます。1920年代のアメリカの鉄道の発展の歴史が見事に描かれている。バートンという人は非常に知的な、構成力のしっかりした人だなあと思いました。

『いたずら きかんしゃ ちゅう ちゅう』 バージニア・リー・バートン 文・絵 むらおか はなこ 訳 / 福音館書店
ちいさな機関車のちゅうちゅうは、いつも客車や貨車をひいて、小さな駅と大きな駅の間を走ります。ある日ちゅうちゅうは、みんなの注目を集めたくて、ひとりで走り出します。やがて日が暮れ、石炭も水も少なくなり、古い線路に迷い込んで、とうとう止まってしまったちゅうちゅう。そこに迎えに来てくれたのは、最新式の汽車にのった機関士でした。
『いたずらきかんしゃ ちゅう ちゅう』は1937年、『ちいさいおうち』は1942年の作品ですね。1942年というのは第二次世界大戦の真っ最中です。その時期にアメリカでこれが出版されていることに、私は大変なショックを受けました。日本で出版されていたのは、国威発揚とか、国民精神総動員みたいな本ばかりだったんです。この『ちいさいおうち』には、戦争の影すらない。同じ時代にバートンは平和な物語を書いているんです。
私は歴史が好きだったこともありますが、ひとつの本を見て興味をもちますと、その本ができた時代に戻して考えてみるということをします。どういう時代、どういう社会状況の中でこの本は書かれたのか、その時代にどうしてこの作者はこういう本を書いたのか、と考えるんです。編集者としては、それをやる必要があるんじゃないかと私は思います。また、できればその作家の作品全部を通して見て、作者の手法がどう変わっているか、把握することも大切だと思います。
ある本は時代を超えて残っていきますが、ある本は消えてしまう、ということがあります。例えば、第二次世界大戦が終わって1945年以降、日本をアメリカを中心とした連合国軍が占領していた時代が6年半ほどあります。実はアメリカと戦争していた時代よりも、連合国軍が日本を占領していた時代のほうが長く、両方合わせると十年ぐらいになります(*2)。そういう状況下で、日本ではたくさんの出版社が子どもの本を作っていますが、そのほとんどが今は残っていません。出版社自体もなくなっている、あるいは、児童書から手を引いている。なぜ残らなかったのか、これはとても大きな問題です。
また、当時はアメリカの絵本の翻訳も多く出版されていますが、それも残っていない。当時の本は日本にはほとんど残っていませんが、アメリカのメリーランド大学のプランゲ文庫(*3)にそろっています。
なぜ当時の本が残らなかったのか、どういう作り方がまずかったのか、その出版社がどうして消えてしまったのか。じつは、この問題はしっかりとは研究されていません。私たちが今作っている本も、今後どのくらいの間、残るのか、あるいは残らないのか。

──今も残っている本というのは、子どもが残してくれたんです。批評家や研究者ではありません。子どもが残してくれた本には、どんな共通点があって、どんな特色があるのか。消えてしまった本は、なぜ子どもが残してくれなかったのか。営業の方も、編集の方も、制作の方も、みんなが考えていかなければいけないと思います。何が残って何が消えたか検証することは、現在の作品、これから私たちが作ろうとしている作品について評価をするときも、ひとつの基準、重要な手がかりとなるのです。
本が残る、残らない、という問題を、私に強く意識させた本が2冊あります。これは子どもの本とは直接関係のない本ですが、ひとつは美術のほうの研究者でシーダ・シャピロの『画家たちの社会史』(三省堂)という本です。ヨーロッパのアヴァンギャルド(*4)の芸術家について、どういう人が今でも残っているか、なぜ残っているかということを、社会史的な観点から書いた名著です。
児童文学にはそういった研究はほとんどありませんでしたので、私は他の一般の文学や大人の美術などの研究書の中からやり方を学ぶ以外はなかったのです。 その結果、私は研究テーマを自分で設定しました。例えば、昔話と赤羽末吉(*5)の仕事、あるいはマリー・ホール・エッツの人と作品、バージニア・リー・バートンの人と作品と社会的な背景、レオ・レオーニ(*6)の芸術と絵本の関係などです。 それから、タチヤーナ・マブリナ(*7)、ロシアで私が一番好きな旧ソ連の画家ですが、どうしてタチヤーナ・マブリナの作品が他の国には生まれないような独特の表現の形をとれたのかということ。 あるいは、ディック・ブルーナ(*8)。なぜオランダでああいう表現が生まれるのか。調べてみると、そうか、ということがわかります。オランダの国民性と深く結びついているんですね。だから、ブルーナのまねをしてもだめなんです。まねだということが、すぐわかってしまう。
その他に、私には終わっていない「宿題」がたくさんあります。
例えば、ソ連のユーリー・バスネツォフ(*9)の表現方法とロシアの風土がどんな関係をもっているのかということも、ぜひ調べたいと思っていました。『かもさんおとおり』¹ のロバート・マックロスキー(*10)の表現の仕方とアメリカ美術との結びつき。それから安野光雅(*11)の発想と表現。フェリクス・ホフマン(*12)の昔話絵本の構成。そういったいろいろな「宿題」を、絵本を編集しながら、もつようになりました。
1:『かもさん おとおり』ロバート・マックロスキー 文・絵 わたなべ しげお 訳/福音館書店
イラスト・佐藤奈々瀬
*1 バージニア・リー・バートン(1909-1968年) 手掛けた絵本に『ちいさいおうち』『せいめいのれきし』(ともに、石井桃子 訳/岩波書店)『いたずらきかんしゃ ちゅう ちゅう』(村岡花子 訳)『はたらきもののじょせつしゃ けいてぃー』(石井桃子 訳/ともに福音館書店)などがある。1943年にコールデコット賞を受賞。
*2 アメリカを中心とした連合国軍による日本の占領は、1945年9月~1952年4月までの約6年半。アメリカと日本が戦争を行った1941年12月~1945年8月とあわせて、約10年となる。
*3 プランゲ文庫は、連合国軍占領下の日本で刊行された1945~1949年の出版物全般を集めたコレクション。駐留軍の一員として赴任したゴードン・ウィリアム・プランゲが、検閲のために集められた出版物を、教授として勤めていた母国アメリカのメリーランド大学に移送したもの。児童書約8,100冊が含まれる。
*4 前衛芸術を指すフランス語。ここでは、20世紀初頭にヨーロッパで発生した芸術革新運動のこと。
*5 赤羽末吉(1910-1990年) 絵本作家。東京都生まれ。22歳で満州に渡り、やがて画家として活動。終戦後、日本に帰国。絵本の仕事を志し、松居直と出会う。『かさじぞう』(瀬田貞二 再話)『スーホの白い馬』(大塚勇三 再話)『だいくとおにろく』(松居直 再話/いずれも福音館書店)などの昔話や民話をはじめ、絵本の絵を数多く手掛けた。1980年に国際アンデルセン賞画家賞を受賞。
*6 レオ・レオーニ(1910-1999年) オランダ出身の絵本作家。イタリア・ミラノでグラフィックデザインの仕事を始め、1939年に渡米、アートディレクターとして活躍する。1959年、初の絵本『Little Blue and Little Yellow』(日本語訳『あおくんときいろちゃん』藤田圭雄 訳/至光社)を出版。『スイミー』『フレデリック』『アレクサンダとぜんまいねずみ』(いずれも好学社)など多くの作品を残した。
*7 タチヤーナ・マブリナ(1900-1996年) ロシア(旧ソ連)の画家。風景画や昔話の挿絵を多く手掛けている。『ロシアの昔話』(内田莉莎子 訳/福音館書店)『かえるの王女』(松谷さやか 訳/ほるぷ出版)『ロシアのむかしむかし 太陽と月とカラス』(斎藤君子 訳/ネット武蔵野)など。
*8 ディック・ブルーナ(1927-2017年) オランダの絵本作家、グラフィックデザイナー。1953年に初めての絵本『de appel』を刊行。1955年には『nijntje』(日本語訳『ちいさなうさこちゃん』いしい ももこ 訳/福音館書店)を刊行し、人気作家として長く活躍した。
*9 ユーリー・バスネツォフ(1900-1973年) 旧ソ連の挿絵画家。現在のサンクトペテルブルクの芸術アカデミーで絵画を学び、絵本や童話の挿絵を数多く手掛けた。代表作に『3びきのくま』(トルストイ 文 おがさわら とよき 訳/福音館書店)がある。
*10 ロバート・マックロスキー(1914-2003年) アメリカの絵本作家。1942年に『かもさん おとおり』でコールデコット賞を受賞。『すばらしいとき』(わたなべ しげお 訳/福音館書店)『海べのあさ』『サリーのこけももつみ』(ともに、石井桃子 訳/岩波書店)など。
*11 安野光雅(1926-2020年) 画家、絵本作家。島根県生まれ。上京して美術教師を務めながら、挿絵の仕事を手掛ける。最初の絵本は『ふしぎなえ』。ほかに『天動説の絵本』『ABCの本』など。『旅の絵本』シリーズは全10冊を数える。1984年に国際アンデルセン賞を受賞。2001年、故郷・津和野町に「安野光雅美術館」開館。
*12 フェリクス・ホフマン(1911-1975年) スイスの画家、絵本作家。アーラウに生まれ、バーゼルの美術学校、ドイツのカールスルーエの美術学校で学ぶ。故郷の中学校で美術を教えながら、創作活動を続けた。80冊以上の本の挿絵を手掛け、自身の子どもたちのために描いた『おおかみと七ひきのこやぎ』『ねむりひめ』『ながいかみのラプンツェル』(いずれも福音館書店)は今も読み継がれている。
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