手から手へ 松居直の社内講義録

第27回 福音館の本づくりの原点⑫ 国際的な児童図書運動の歴史

絵本 |
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月刊絵本「こどものとも」を創刊し、多くの子どもたちに愛される絵本や童話の数々を送り出した編集者・松居直(まつい ただし)。この連載では、松居が2004年9月から2005年3月にかけて福音館書店の新入社員に向けて行った連続講義の内容を編集し、公開していきます。

福音館の本づくりの原点⑫ 国際的な児童図書運動の歴史

IBBY創設と国際アンデルセン賞

今まで申し上げたことを、国際的な児童図書運動の角度から整理しておきたいと思います。

イエラ・レップマンがドイツのミュンヘンに国際児童図書館をつくりましたのが、1949年です。そして1953年、IBBY(International Board on Books for Young People/国際児童図書評議会)がスイスのチューリッヒで設立されますが、その中心になったのが、レップマンとベッティーナ・ヒューリマンでした。

IBBYは、1956年──月刊絵本「こどものとも」の創刊と同じ年に、国際アンデルセン賞を設けます。当時は作家賞だけでしたけれども、児童書の世界に国際的な賞ができたということを耳にして、いつか日本からも……という夢をもちました。

10年後の1966年に画家賞ができて、作家賞と画家賞という2つの賞になりました。この国際アンデルセン賞は「小さなノーベル賞」とも言われておりますけれども、これをもらうことは子どもの本の世界で最も評価された証になります。

BIB(ブラチスラバ世界絵本原画展)─ 冷戦下の知恵


国際アンデルセン賞の画家賞が創設された翌年の 1967年に、BIB(Biennial of Illustration Bratislava)が作られます。日本語では「ブラチスラバ世界絵本原画展」と呼んでいます。ブラチスラバは、当時のチェコスロバキア社会主義共和国スロバキア地方の中心都市でした。

私は、ヒューリマンさんから、「ヨーロッパやアメリカだけの絵本原画展になると、意味が大きく変わってしまうから、ぜひアジアの国として参加してほしい」と言われて、BIBの発起人に加えていただくことになりました。

当時は冷戦の真っ最中です。東西が激しく対立していたその中でも、IBBYには東西の交流がありました。そのような中、ヨーロッパ東西の特に小さな国々の子どもの本の関係者が、何とか話し合いの場をもちたいと考えたんです。対立しているだけではだめだと。

そのためには、どこかで同じテーブルに着く場をもたなければいけないのだけれども、IBBYにはそれができない。なぜかというと、旧ソ連は社会主義リアリズムですから、児童文学についても非常にイデオロギッシュな考え方をしていました。だからソ連の児童文学は、国策に沿った作品しか出せない。そうすると、どうしても西側との対立が生まれてしまいます。

そこで、デンマークやスイスやオーストリア、オランダ、あるいはポーランド、チェコスロバキア、ハンガリー、北欧の諸国、そういった国々の子どもの本の専門家たちが考えたのが、絵本の原画展だったのです。絵だけであれば、イデオロギーが表面に出ることはないだろうと。ヨーロッパの人たちは、本当に知恵がありますね。

しかも、その場所として選ばれたのがチェコスロバキア社会主義共和国のブラチスラバなんです。オーストリアのウィーンと1時間ほどしか離れていませんけれども、その間に、東西を隔てる鉄のカーテン(*1)があったのですから。東西対立の最前線で世界絵本原画展をやる。それを聞いたときに僕は本当に感心しました。政治を乗り越えておたがいに手をつなごうと、そういう気持ちをヨーロッパの東西の小さな国々の人たちがもっている。

もちろんフランスやドイツ、当時のドイツは東西に分かれていましたけれども、それからイギリスの人たちもけっして反対ではないんです。ただ自分たちが表面に立つと、また東と対立してしまいます。小さな国々だと、そんなに摩擦が生じない。

そして1967年に第1回のBIBが始まりまして、日本も当然出品したわけです。

ブラチスラバ絵本原画展(BIB)の会場となるスロバキア国立美術館。2年ごとに開催される。

『ふしぎなたけのこ』のグランプリ受賞

そうしたら、なんとグランプリをもらった。それが、瀬川康男さんが描いた『ふしぎなたけのこ』(松野正子 文/「こどものとも」1963年6月号)です。

さらに優良賞が、丸木位里(まるき いり *2)さんが描いた『ねずみじょうど』(瀬田貞二 再話/「こどものとも」1967年3月号)だった。

なるほど、うまいことやるなと思いました。国際的なコンペティションというものは、非常にデリケートなんです。東西が対立している中で、ようやく同じテーブルに着いた。すると、大きな賞を西へもっていっても、東へもっていっても、ちょっと抵抗があるわけです。作品がよかったのはもちろんありますけれど、日本にグランプリをくれた背景には、そういう理由もあったのでしょう。そういう頭の働かせ方を、ヨーロッパの人は本当に上手にやります。

モーリス・センダックの家を訪ねて

第2回(1969年)のBIBのとき、私は国際審査委員として参加いたしました。そのときに出会ったのが、アメリカの審査委員をしていたモーリス・センダック(Maurice Sendak *3)でした。無口な人で、非常にはにかみ屋な感じがしました。

そのセンダックさんが、審査委員として会場を回っているときに『プンクマインチャ』(大塚勇三 再話 秋野亥左牟 画/「こどものとも」1968年2月号)の原画を見るなり、「これがベスト。この展覧会の中でこれが一番いい」と言ったんです。秋野亥左牟(あきの いさむ *4)さんの最初の作品です。私も、あの作品は本当によくできていたと思いますけれど、センダックさんは評価してくれたんですね。

センダックさんが「ニューヨークへ来るんだったらお寄りください」と言ってくださったものですから、ヨーロッパから日本に帰るときに、ニューヨークへ立ち寄り、その頃はまだダウンタウンにあった、センダックさんのおうちを訪ねました。

お父さんがいらして、センダックさんは「父です」と紹介してくれました。そして、「私が子どものときに、父が毎晩アブラハムの話をしてくれました」とおっしゃいました。それで僕は、ああ、この方はイディッシュ(*5)の文化を背景にもっているんだと気づきました。センダックさんは、ポーランド系の二世です。そして、お父さんがアブラハムの話(*6)をしてくれたということは、ユダヤの信仰をもっている家庭に育った人だと想像できます。

『よあけ』(瀬田貞二 訳/1977年)の作者のユリー・シュルビッツ(Uri Shulevitz *7)もそうですよ。シュルビッツもポーランド系の二世で、イディッシュの文化をもっている人です。


後年、『まどのそとの そのまたむこう』(モーリス・センダック 作 わき あきこ 訳/1983年/品切 *8)の外国語版(*9)の共同印刷(*10)を日本でやれることになって、数か国語の版を日本語版と一緒に印刷をしました。僕がなぜそれをやりたかったかというと、センダックさんが印刷を確認する際にどういうところを重視するのか、どういうところをチェックするのか、知りたかったんです。そういうことは仕事を通して見るのが、教えてもらうよりよっぽどよくわかるんです。

──それから後は、アジアの方にかなり私の関心が向かうことになります。次回から、アジアに話を移します。

イラスト・佐藤奈々瀬
 

 鉄のカーテンとは、西側の資本主義・民主主義の陣営と、東側の社会主義・共産主義の陣営にヨーロッパが分断されていた状態を指す比喩。オーストリアは永世中立国だが、ここでは西側に近い立ち位置としてとらえ、東側のチェコスロバキア社会主義共和国との間に鉄のカーテンが存在したという表現をしている。
*2 丸木位里(1901-1995年) 画家。広島県生まれ。妻の丸木俊との共同制作「原爆の図」で知られる。絵本の仕事に『ねずみじょうど』(瀬田貞二 再話/福音館書店)『おきなわ 島のこえ ─ ヌチドゥタカラ』(丸木俊との共著/小峰書店)など。
*3 モーリス・センダック(1928–2012年) アメリカの絵本作家。両親はポーランドからのユダヤ系移民。生涯に80冊を超える作品を発表。『かいじゅうたちのいるところ』(1963年、日本語版は1975年に神宮輝夫訳で刊行)でコールデコット賞を受賞している。作品に『まよなかのだいどころ』『チキンスープ・ライスいり』(以上、冨山房)など。1970年に国際アンデルセン賞・画家賞を受賞。
*4 秋野亥左牟(1935-2011年) 画家、絵本作家。父は画家の沢宏靱(さわ こうじん)、母は日本画家の秋野不矩(あきの ふく)。東京藝術大学彫刻科を中退。1962年から6年間、インドとネパールに滞在。ネパール滞在中にネパールの民話を描いた絵本『プンクマインチャ』の原画を制作した。
*5 イディッシュとは、イディッシュ語(ドイツ語に、ヘブライ語、ロシア語、ポーランド語などが混じり合って生まれた言葉)を母語とする東欧系のユダヤの人々の文化のこと。ヨーロッパ各地の文化と、ユダヤの文化が融合して生まれたもの。
*6 アブラハムは、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の3つの宗教(アブラハムの宗教)において敬われている人物。アブラハムがメソポタミア地方のウルに生まれ、その後、神の啓示を受け、カナンの地をめざす物語が、ユダヤ教とキリスト教の旧約聖書やイスラム教のコーランに記されている。ユダヤ教の教義においては、ユダヤ人の祖とされる。
*7 ユリー・シュルビッツ(1935-2025年) アメリカの絵本作家。ポーランドに生まれるが、ドイツによる1939年の侵攻から逃れるため、ポーランドを離れた。その後、フランス、イスラエルに移住。1959年にアメリカに渡った。1969年に『The Fool of the World and the Flying Ship』でコールデコット賞を受賞。『よあけ』(瀬田貞二 訳/福音館書店)『ゆき』(さくま ゆみこ 訳/あすなろ書房)『あるげつようびのあさ』(谷川俊太郎 訳/徳間書店)など。
*8 『まどのそとの そのまたむこう』は、『OUTSIDE OVER THERE』の日本語版。脇明子訳で福音館書店が1983年に刊行(品切)。現在は偕成社より、アーサー・ビナード訳(タイトル『父さんがかえる日まで』)のものが刊行されている。
*9 外国語版とは、最初に刊行された言語以外の言語に翻訳されて刊行されるもの。『まどのそとの そのまたむこう』は最初にアメリカで英語版が刊行されたので、ここでは英語版以外の言語のものを指す。
*10 共同印刷とは、特定の本を複数の国で言語を変えて出版する際に、文章のみ刷り分ける形で、1か所でまとめて印刷を行うこと。印刷のロットが大幅に増えるため、輸送費を差し引いてもコストを削減することができる。

*出版社の記載のないものは、福音館書店刊
 

 
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